「写真」と「射心」
2009/05/20 Wed [Edit]

前にも書いたかもしれないが、ボクは商用写真と趣味写真で撮り分けている。商用として使われる写真では、できるだけ後の加工が必要ないよう、セッティングに時間をかけシャッターを切っているつもりだ。でも、商用の撮影は正直つまらない。こう撮りたいという思いがあっても、所詮プロではないから機材も限られているし、なにより自由がないのだ。
ボクにとって趣味範囲での写真の楽しみは、撮影した画像データをパソコンに取り込んだ後だったりする。まあ、プロやアマチュア写真家からお叱りを受けそうなことだが、そもそもボクの写真は「写真」ではない。いわゆる撮ったままの画像を使うことはほとんどなく、何らかの形で現像ソフトなり画像編集ソフトで手を加えており、真実を写すと書いて“写真”と言う意味からすれば「ウソ」の写真だ。極端な表現をすればCGと言ってもいいのかもしれない。でも、これがボクのスタイル、たとえデジタルであっても表現方法は無限だし、仮にボク自身が過去に仕上げた作品と同じ見た目になるよう、オリジナル画像から再編集したとしても、同じ結果を作り出すのは難しい。それほど今のデジタルソフトウェアはアーティストの筆のごとく進化しているのである。
簡単に編集できるからといって適当に撮っているわけでもない。美味い料理は食材の善し悪しで決まるわけで、出来上がりをイメージしながら素材となる画を撮影しているつもりだ。持ち帰った画像の中から自分のイメージをさらに膨らませてくれそうな素材を選び、専用ソフトでレタッチしていく。これが楽しい。食材を前にして、さてどう料理するかと腕組みする料理人よろしく、そこからが腕の見せ所なのだ。
時には自分がイメージしていた以上の仕上がりになることもあり、それを受け入れた瞬間、自分が持てる感性の幅がグッと広がるのを感じる。これは、他人の作品から受ける影響よりも、撮影時の余韻が残る自分の写真から受けるインパクトの方が強く深く刻まれているように思う。そんなことを考えると、感性を豊かにするという意味で、写真を通しての一連の作品作りは自分にとっての精神修行の一つなのかもしれない。まあ、楽しんでいられるうちは、まだしばらく続けられるだろう。
去年まで、「どんな写真を撮りたいですか?」と聞かれたら、「写心」と答えていたけど、これからは「射心」を目指したいと思う。
Comments
うーむ
同感です!
自分もカメラで撮るのは素材で、
脳みそにあるイメージを出力するためにソフトで編集します。
物づくりが好きな自分としては
その作業も楽しめて2度おいしいんですよねw
>アヒルさん
ども! はじめまして!
良い素材が手に入った(撮れた)時には、この素材を使ってこう表現しよう、ああ表現しようって想像するのも楽しんですよね。
まさに2度3度美味しいって感じですw
アヒルさんの作品も見たいな〜。
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